黄金に輝く神の都、美しき伊勢の国
2006年08月08日

この写真は今日の午後6時53分に撮影した伊勢市の写真です。どうですか?この美しさ!伊勢市で生活されている人なら誰もが気付いたでしょう。そうです”黄色い夕焼け”です。この時間、伊勢市の全ての物が黄金色に染まったのです。私も初めての経験で唖然としてしまいましたが美しいと言うより少し恐かったです。この現象は台風の影響で起きた現象だと思います。考えてみれば不思議な現象でもないのかもしれませんが・・・。しかし、目がおかしくなったのかと思うほど全ての物が”真っ黄色”でした。こんな現象、そんなに経験できる物ではないと思います。もしも昔の人が、こんな夕焼けを見たらどう思ったのでしょう?やっぱり”天照大神様”を信じたのでしょうか?それとも天変地異を予測したのでしょうか?もちろん今日伊勢市には台風が接近していますので天変地異は間違いなく起きるのですが(笑)でも、今日の黄金の夕焼けは半端じゃなく本当に美しかったです。
何かの動物に似てませんか?そうです”カメです”亀石と言います!
2006年08月05日

こちらの石は亀石と言われる石です。見れば見るほど亀に見えてきませんか?でも何処にあるのか・・・?この石は伊勢市の外宮(豊受大神宮)にあるんです。でも見たことが無いと思われる方が多いと思います。だけど何回か外宮に参拝に行かれた方なら乗ったことはあるはず(笑)実は、この石は正宮から別宮に向かう途中の川に架けられた橋なのです。一枚の大きな岩で作られた橋・・・!その形が何となく亀に見えるので、いつしか亀石と呼ばれるようになったのです。この一枚岩、写真では分からないと思いますが、かなり大きなものです。ちなみに、ちゃんと尻尾もあるし足も4本あります。ただ私が撮影したのが頭か尻尾なのかは不明ですが、私は頭から撮影したつもりでいます。この岩は高倉山の頂上にある古墳の入り口の岩だったいう言い伝えも残っていますので、かなり古いものだと思われます。今度、外宮(豊受大神宮)に行く時は亀石を横から、しっかり見てきてくださいね。ただの岩ですけど大きな亀に見えますよ!
他にも発見しました!サトちゃんムーバーです!
2006年08月01日

こちらのサトちゃんムーバーはベリーのみその店、ファインズさんにあるサトちゃんムーバーです。前回紹介した物とは明らかに違います。何か顔が間抜けな感じがするのは私だけでしょうか?こちらのタイプが新しい物だと思います(推測)。急いでいたので動作確認は、またしても行えませんでしたが料金は50円でした。多分こちらの物は音楽が流れると思われます。少し楽天さんで調べたのですが、このサトちゃんムーバーの販売価格は150万円だそうです?ちなみに、幅97cm×奥行き64cm×高さ120cmで重量が50kg、さらに電源が100V・200Wと書かれていました。そして一番気になるところは対象年齢が2~10歳で体重制限が30kgということです。つまり・・・そうなんです!大人は乗れないのです(T_T)多分乗ったら壊れるかもしれません!150万円もする大変高額なものですので、くれぐれも乗りたいからという理由だけで大人は乗らないであげてください。あと子供でも2人乗せると壊れる可能性があると思いますので、くれぐれも注意してください。しかしながら、私はやっぱり明倫商店街のレトロサトちゃんムーバーの方が可愛くて素敵だと思います。
サトちゃんムーバー!これが幻の伊勢市最後の一体か?
2006年07月18日

サトちゃんと言えば佐藤製薬のマスコットキャラクターですが、このサトちゃんムーバーは伊勢市の明倫商店街にある花園薬局さんにある物です!昔はしんみち商店街の宇仁薬局さんにもあったのですが・・・?現在、伊勢市で見ることのできるサトちゃんムーバーは、この一体だけのようです!しかし、この年季の入れ方はどうです素晴らしいと思いませんか?幼児用と書いてありますが大人だって乗りたくなる代物です。さらに”一人ずつ乗ってください”という気の利いたコメント!泣かせるじゃありませんか昔は大人気で並んで乗っていたという証です!料金は20円と書いてありますが・・・さすがに破損が心配なため20円を入れる勇気が私にはありませんでした。多分入れていたら素敵なことが起きたのかもしれないと少し後悔をしていまが(笑)サトちゃんムーバーは通常50円のようですが、こちらのタイプは古いので料金が安いようです。サトちゃんが生まれたのは1959年、しかしこちらのサトちゃんムーバーは何年生まれなのか全く不明です。動作確認はしていないので分からないのですがサトちゃんムーバーは料金を入れるとサトちゃんの歌が流れるそうです。(参考はこちら)歌詞のサビの部分(サトウの薬の横で飛ぶ~)にもあるように今でも明倫商店街花園薬局さんの横で元気に飛んでいます!ぜひ、この素敵な一品を伊勢市で大切に残していく活動を起こして頂ける事を私は切に願います。
伊勢神宮には何故か”お地蔵さん”があることを知ってましたか?
2006年07月10日

伊勢神宮の外宮には”お地蔵さん”があることを知ってましたか?このお地蔵さんは寝地蔵と呼ばれているもので外宮の多賀宮へ登って行く所の左側にあります。ただの石なのですが写真を見ていただければ分かるように”お地蔵さん”の形をしています。もちろん伊勢神宮ですので正式にはお地蔵さんなんてありませんが、いつからか、この石を寝地蔵と呼ぶようになったそうです。頭が歩道側を向いているので逆立ちした形で見ることができ,足元の方には窪みがあって知ってる人は、そこにお賽銭を入れています(何の御利益があるのかは全く不明?)。伊勢市に住んでいる方でも寝地蔵の存在を知らない方が多いと思いますので外宮に行った時は探してみてください。また、この寝地蔵の近くにある多賀宮は豊受大御神の荒御魂(あらみたま)が祀られています。簡単に言うと神様には二つの面、荒御魂と和御魂(にぎみたま)があって、荒御魂は神様の積極的、活動的な方面の霊なのです。約100段の石段を登るのは少し大変かもしれませんが、もしあなたが外宮で個人的なお願い事をするときは御正殿ではなく、こちらの多賀宮でお願いすることをお勧めします。
月夜見さんは伊勢市民の大切な場所です。そして最も身近な神様なんです!
2006年07月07日

これは伊勢市の中心市街地にある月夜見宮です!月夜見尊は天照大神の弟にあたりますが、あれっと思われた方がいると思います。そうです月夜見の字です!一般的には天照大神の弟は月讀として知られています!そして読み方も”ツクヨミノミコト”です。しかし私たち伊勢市の中心市街地(厚生学区内)に住む人は必ず月夜見と書き、そして読み方も”ツキヨミ”なんです。実は伊勢市には写真で紹介した月夜見宮とは別の場所に伊勢神宮内宮別宮の月読神社があり、そちらは読み方も”ツクヨミ”なんです。だけど、やっぱり私たちは月夜見宮!しかし、伊勢市の中心市街地にすむ人は誰も月夜見宮とか月夜見尊なんて言葉は使いません!私たちは”月夜見さん”って言うんです。伊勢市民は、ほとんどの神社や神様を”さん”付けで呼びます。例えば外宮(ゲクウ・ゲク)さん、内宮(ナイクウ・ナイク)さん、天照さん、須原さん、浅間さん(ちなみに神様も神さんです)など、これは私たち伊勢市民が神様と、ずっと昔から共に生活してきた現われなのだと思います。月夜見宮の前にある厚生小学校の校歌には”今日も元気で呼び合う声が月夜見さんにこだまする”という歌詞があります。私たちはいつも月夜見さんの恩恵を受けて育ってきました。どのような恩恵かと申しますと”ザリガニを採ったり、蛇に石を投げたりなど・・・(笑)ま~少し違いますけど・・・だけど私は伊勢市民として、ここだけは拘りたい!月讀だと月を読むの意味が強くて一般的に太陰暦や暦・月齢を数える神様だと言われています。でも私たちにとって月夜見さんは読んで字のごとく夜を見守る月の神様なんです。だから月夜見さんは私たち伊勢市民にとって最も身近で大切な神様なんですよ!
しんみち商店街のレーザービーム!今でも動いてます・・・?
2006年07月06日

これは新道商店街のアーケードの交差点に設置されたオシャレな回転灯です!全部で4箇所あると思うのですが現在ちゃんと点灯しているのは浅野堂さんの前にある1個だけです。なぜ1個だけしか点灯しないのかと新道商店街の人に尋ねたところ電球が切れているからという解答を頂きました。本当は、黄色や赤もあったと思いますが・・・?この最後の1個は緑色です。電球を取り替える予定も無いそうですので、この1個の電球が切れたら見ることが出来なくなります。このライトは平成4年に新道商店街を改装したときに取り付けられた物だと思います。当時は個人的に斬新でかっこよいものに思えました!だから今でも大好きなのですが・・・?けっこう遠くからでもライトが強いので良く見えますが本物のレーザー光線ではないので心配しないでください!実はこのレーザー光線タイプの回転ライトはある目的で付けられた物らしいです。それはハト避けです!ハトや小鳥がアーケード内に巣を作らないように取り付けられていたのです(聞いた話ですので本当か嘘かは分かりません)。だけど昔はこの付近には沢山のハトがいました。近くの三県ビルの屋上なんてハトでエライことになってました(笑)しかし今ではなぜかかハトを見かけることはありません。ノラ猫もネズミも減りました(人も減りましたが・・・)。みんなどこに行っちゃったのかな~?
伊勢茶をみなさん知ってますか?こんな素敵な場所で作られてるんですよ!
2006年07月03日

三重県は緑茶の生産が全国第3位のお茶処なんです。今は3位ですが明治のころは全国1位の生産量を誇っていたそうです。三重県のお茶と言えば伊勢茶!伊勢茶と言えば、やっぱり伊勢でしょ!伊勢茶の歴史は古くて今から千年も昔の平安朝のころから栽培されていたそうです。清き流れの宮川の水に、気候、風土がマッチして丹念に育てられたお茶!摘心は年2回だけなので葉肉が厚くて栄養分が多んです。茶芽自体に”力”があるから二煎三煎目でも、とっても美味しいんですよ!写真は度会高校の前くらいで撮影した茶畑です。この辺りは本当に茶畑が多いのですが、いかがです?本当に素敵な場所だと思いませんか?近くには宮川が流れていて空気は、とっても美味しくて、こんな大自然の中で伊勢茶は作られてるんです!美味しいに決まってますよね。
これが伊勢市が誇る自衛隊の秘密兵器、起動戦士ガンダムだ!

みなさんご存知、高柳商店街のガンダム(RX-78-2)です!伊勢市商店街探検隊新聞や伊勢毎日でも紹介されましたが、このガンダムの大きさは約5mですので本物のガンダムの1/4スケールくらいの大きさになります。アムロが乗った初代ガンダムで、これだけの大きさの全身物は全国でも珍しいと思うのですが・・・?でも、もっと素敵なことに、このガンダム実は明野の陸上自衛隊で作成された物なのです!私は特に、ここに拘ってます。陸上自衛隊が作成したガンダム!もちろんレプリカですが、ある意味本物ぽくないですか?さらに写真を見て頂ければ分かると思いますがメチャクチャリアルでカッコ良いです。高柳商店街の人によると、軽量化されていて本当に良く出来てるそうです。いつか本当にガンダムが作成される日も近いのではと思っているのは私だけではないと思います。私は、このガンダムを伊勢市の新しい観光名所に推薦したいくらい気に入ってます!全国の皆さん伊勢市に来た時は、ついでに高柳商店街によって一緒に記念撮影をして見てください!ある意味みんなに自慢できるかもしれませんよ!だって陸上自衛隊が作成した、ある意味日本で一番リアルなガンダムなんですから(笑)
米山新田は伊勢市民なら誰もが知っている大切な場所です!
2006年06月25日

米山新田の石碑は偉大な功績を記したものです。伊勢市の円座周辺は宮川より高い位置にあるため距離的には近いのですが水利が悪く荒地が多かったそうです。江戸時代に円座の庄屋、米山家四世宗隆さんが全ての財産を投げ打って横輪川を堰き山を削り70余町(約7.6キロメートル)の水路を引きました。これにより円座は豊かな田園地帯になったのです。その後、水路の拡張や台風などの災害もあり米山家九世宗持さんは、その事業による借金返済の責を負って天保10年(1840)に自刃したそうです。この石碑は、その偉大な功績を称えて立てられた物です。私はこの時代に生きていないので分かりませんが、当時米山さんをバカにする人が、たくさんいたんじゃないかと個人的に思います。”死んでから称えられたって何の価値もない!”そんな気がします。何とかならなかったのでしょうか?いつの時代も優れた人は死んでから称えられる、そんな歯がゆさを私は感じます。今もこの場所には美しい田園風景があり、そして真ん中に、この石碑はあります。どこからでも、この石碑が見えるように・・・そしてこの場所から全ての田が見渡せるように・・・!米山新田は今でも蛍が飛び交う素敵な場所です。だけど私は、ここを通る時、何処かに複雑な気持ちがしてなりません。
塩は日本人にとって特別な意味があり大切な物です
2006年06月21日

こちらは五十鈴川の河口近く伊勢市二見町にある御塩浜です。堤防沿いにあって、とても大きなものなのですが、あまり目立たないので見たことはあるけど何をするのか知らない人も多いと思います。ここでは読んで字のごとく昔ながらの製法で神宮に収める塩を作っています。作るのは毎年夏の土用の時期らしいです。この地域は伊勢湾の海水と五十鈴川の淡水が程よく混じりあう潮合いという場所に位置するらしく、ここから汲み入れた海水を御塩浜に撒くそうです。そして天日で乾燥させ砂ごと採取して、そこに海水を注ぎ濃い海水を作ります。その後この濃度の濃い海水を御塩殿に運び堅塩に焼き固めるそうです。つまり、昔ながらの製法で最高級天然塩を作っているのです。しかし問題は、やはり味だと思います。もちろん私たちが食べることはできないと思いますが・・・?できれば私は、この塩で”おにぎり”を作って食べたいのです。それが言いたいがため投稿したといっても過言ではありません。きっと美味しい日本一の”塩おにぎり”ができると思いませんか?
リアルに再現!稲葉さんちのイナバウアー
2006年06月19日

一言でいって素敵です!多分、真ん中にいる子供がイナバウワーをしていて、おばーちゃんが旗を持って応援しています。なんともアットホームではないでしょうか?昔の良き日本の家庭が目に浮かびます。実はこちらは伊勢市ではなく志摩市磯部町の稲葉さんの「土百姓園」にある案山子です。稲葉さんといえば、ご存知の方も多いと思いますがササユリです。所有する林でササユリを見つけてから大切に育て数を増やし今では3000本以上の花を咲かせくれる三重県の観光スポットになっています。ササユリは日本固有のユリで昔から親しまれていますが、現在は数が減少しています。これだけの数の美しいササユリを見ることができる場所は日本でも少ないでしょう。ぜひ皆さん出かけてササユリとイナバウワーを見に行ってはいかがですか?
これが伊勢市の不思議道だ!(全く自称ですが)
2006年06月15日

この道は伊勢市駅と近鉄宮町駅を繋ぐ線路の宮町駅側から一本目の踏み切りにあります。何が不思議なのか?それは踏み切りの真ん中、線路と線路の間に下って行く道があるからです。私は幼いころとても不思議でした!線路と線路の間の道を降りていくと、いつの間にか線路が無くなってしまうからです?実は伊勢市駅にはJR線と近鉄線の二つの線があります。そして伊勢市駅の手前側の駅はJR山田上口駅と近鉄宮町駅に分かれているのです。だから、この踏み切りは丁度線路が2つに分かれるところで、その間に道が作られていたのです。しかし幼いころの私には全く理解不明でしたし今でも通る時は何か不思議な感じがします。通ったことのない方は暇な時に通ってみてください!(車は通れません)
今日伊勢市の中心市街地で奇跡を目撃した!
2006年06月13日

この写真はみなさんご存知の伊勢市さくら通りです。時間は8時過ぎなのですが・・・?不思議に思われた方がいるのではないでしょうか!そうです車が一台も路上駐車されていないのです。と言うか人影も全くありません!さくら通りと言えば伊勢市の中心市街地の夜の町として昔から親しまれていますが、このような光景を私は今まで見たことがありません。何かあったのかと思われるかもしれませんが全く何もありませんでした。駐車違反、飲酒運転の取調べも・・・?もうこれは奇跡に近いのではないでしょうか!夜店の影響ではなく昨日のサッカー日本代表の敗北が原因なのかもしれません。こんな静かな夜の街なんて最悪です(T_T)伊勢市の中心市街地で、さくら通りくらい夜騒がしいところが一箇所あっても良いのではないでしょうか?しかし今日のさくら通りの静けさは本当に悲惨でした!
神社(カミヤシロ)の防波堤に巨大壁画
2006年06月06日

この壁画をみなさんはご存知ですか?大きさは横幅が5mくらいはあると思います。この巨大な壁画は神社(カミヤシロ)の防波堤に描かれた物です。近くを通ったことのある方なら、きっと目にしたことがあると思いますが、なかなか良いものだと私は思います。しかし私には何のために描かれたのかは良くわかりません?話によると画家の中村仁志さんがデザインしたものに港中学校の生徒たちが卒業記念に色を塗ったものだそうです。右の方に描かれているのは伊勢神宮だと思うのですが左側が外宮で右側が内宮なのだと思います。伊勢市の方なら分かると思うのですが屋根の両端にのびる二本の千木(ちぎ)の切り口が垂直と水平に描かれています。そんなことはどうでもいいのですが、このような壁画が神社の防波堤にもっと沢山あったら良いのにな~と私は個人的に思います。ちなみに、この壁画の前には海の駅「神社(かみやしろ)」という建物があり、この場所は観光船「みずき」、中部国際空港への直行便「伊勢1号」の母港になっているそうです。
大きな柳の木の下には、やっぱりカエルが似合います!
2006年05月31日

こちらのカエルを見て、二見の夫婦岩がある興玉神社を思い浮かべる人がいると思いますが、このカエルは全く別物です!すごく愛嬌のある素敵なカエルだとは思いませんか?実はこのカエルは高柳商店街にある物です。なぜ高柳商店街にカエルがと思われるかもしれませんが、それは高柳という名前に由来しています。高柳商店街の高柳とは昔の地名からきています。この辺りには昔大きな高い柳の木があったそうです。ですからいつの間にか高柳と呼ばれるようになりました。かなり古くから”高柳”という地名はあったようで光明寺旧記には、文永2年(1265年)の6月田券に”高柳御薗内”という記述があるそうです。って良くわからないと思いますが鎌倉時代には高柳という地名があったということです。柳の木は切られてしまいましたが、その古株に洗米を土器に盛り稲荷 野狐(豊作を運ぶ霊獣)を祭ったそうです。現在は柳の古株もなく本当に柳の木がどこにあったのかは分かりませんが高柳商店街の第三銀行あたりにあったのではという説があり、そこに柳の木とカエルの石像があります。他にも同じような石像が高柳商店街にはありますので本当に暇な人は探してみてください。
この45度に曲がった木は・・・これが・・・ですね!
2006年05月28日

皆さんご存知だと思いますが、この45度に曲がった木がある公園が”一之木公園”です?と言いたい所ですが・・・前に説明しましたが一之木公園は汽車がある公園!実はこの公園は”伊勢市中央公園”と言うそうです。この公園は昔、伊勢市の大祭には欠かせない公園でした。大祭の時は、この公園にオバケ屋敷や、牛女たる見せ物小屋、さらには木下サーカスまで来ていたそうです。今では日本一のサーカス団ですが昔は伊勢市の大祭で見れたんです。というか伊勢市の大祭がグレードダウンしたのかもしれません。さて、そんな事よりこの45度に曲がった木ですが45度に曲がっているだけに登ったことがある人も多いのではないでしょうか?私の父はこの木にロープを付けてターザンごっこをしたそうです。しかし何故45度に曲がっているのか?ある人の話では”伊勢湾台風の風で曲がった”と言ってました。もしも本当なら伊勢湾台風ってすごかったんだな~と思います。そして、この木はとっても意味のある物なのかもしれませんね!
ずっと子供たちを見守って来たスーパーヒーローです!
2006年05月25日

これは多分ウルトラマンだと思います。このウルトラマンをご存知の方は少ないと思いますが・・・?実は伊勢市の大世古幼稚園にあるウルトラマンなんです!ある意味すごく斬新でカッコ良いと思いませんか?私の記憶では、このウルトラマンはスゴク昔からあるような気がします・・・?今では色も褪せてしまっていますが、私には幼いころ、とてもインパクトがありました。(カッコ良くて輝いてました!)この写真を撮影した時、幼稚園の園児の横で、お母さんが”シュワッチ!シュワッチ!”と言いながらポーズを決めてましたが、子供は”ポカーン”とした表情でお母さんを見ていました(笑)今の子供にはウルトラマンは分からないんだろうな~と思い少し寂しかったです。しかし少し色褪せがひどいので、できれば園長先生~塗り直して上げて下さい。でも、くれぐれも塗り直す時は色やデザインを変えないで下さいね!お願いします。
昔も今も、やっぱり伊勢市の子供たちの秘密基地なんです・・・?
2006年04月25日

見てのとおり汽車です!と言うか公園にあるコンクリート製の汽車の遊具です。これも非常に馴染み深い一品です!この汽車は色は変わっていますが私が幼いころからあります。この汽車は伊勢市の中心市街地の一之木公園にある遊具です。”あれっ?”て思った人もいるでしょう!そうです一之木公園と言えば・・・?ですよね(笑)だけど今の正式名称は、ここが一之木公園らしいです?この公園は通称”サンカク公園”って何でこの名前なのかは全く分かりません。しかし伊勢市の中心市街地で育った人間ならば一度はこの汽車で遊んだ思い出があるのではないでしょうか。今でも現役で子供たちの遊び場として頑張ってるんですよ。しかし今も昔も、やっぱりこの汽車は秘密基地的な存在なんです!本当に昔から全然変わってませんから気になった方は見に行ってみてはいかがですか?だけどあなたが昔書いた落書きは塗り替えられていますので残っていないと思います。
伊勢市には、ずっと一人で町を守ってきた人がいます。
2006年04月23日

伊勢市を一人で守ってきた人!それは松井孫右衛門さんです。孫右衛門さんは伊勢市の宮川堤の人柱になった人です。もしも宮川の堤防が切れたらどうなるか・・・?私には想像もつきません。多分伊勢市は壊滅状態になるのでしょう。宮川は昔暴川で洪水のたびに堤防が切れ人々を苦しめていました。それを防ぐために自らの命をもって人柱になった人!それが松井孫右衛門さんなのです。彼は自ら進んで生きたまま埋められ、そして何日も太鼓を打ち続けたそうです(いろんな説がありますが?)。それ以降この宮川の堤防が切れたことはないそうです。でも人柱の意味とかは私にはどうでもいいことです。ただどんな大雨が降っても”孫右衛門さんがいるから宮川が切れることは無い”と私たち伊勢市民は信じています。そして彼のためにも宮川の堤防がが切れないように私たちはしていかなくてはならないと私は思います。この宮は宮川堤の端にひっそりとあります。基本的に誰も行かないくらいの静かな場所です。今日も孫右衛門さんは私たちに背を向け静かに宮川を見つめています。
伊勢市で最も愛されている有名な木です!
2006年04月20日

伊勢市の中心市街地に住んでいる人で、この木を知らない人はまずいないでしょう!そうです厚生小学校のケヤキです。この木は伊勢市のシンボルと言っても過言ではないと思います。樹齢は軽く100年を超えます。だから今生きている厚生学区の全ての人の小学生時代を見守ってきた木なんです。昔厚生小学校には三つの校舎があり、コの字型に囲まれていました。だから運動場が狭くて直線で100mを取ることができなかったんです!だから運動会の100m走は、このケヤキを周回する形で行われていました。つまりコーナリングが重要だったんですよ(笑)いろんな時代に、いろんな意味で私たちに思いで深い木なのですが、小学校を立て直す時にケヤキを切るという案が出たそうです。もちろん伊勢市民の反発はすごかったです(当然です!誰がそんな案出したんだろう・・・?)。ってな訳で少し校舎側の枝は切られてしまいましたが今も元気に子供たちを見守ってくれています。何世代も幼少時代に同じ木を見て育った伊勢市民って、ちょっと素敵だと思いませんか(^-^)v
